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藤色の君へ


 砂丘の続く常夜の空を駆ける。俺達は霊圧を消し、行き先は現世。
「グリムジョー! 帰刃こんな姿で出て行っては……」
「別に暴れる訳じゃねえから大丈夫だろ」
「しかし何処へ、」
「ついて来てみろって」
 悪戯を仕掛けたような気分で笑う。ぐいとウルキオラの腕を引き、重苦しい音を立てて、牢獄の鉄格子のように開いた黒腔から逃げ出した。
「お、丁度良い場所に出たみたいだぜ!」
「だから何処だと……おいグリムジョー!?」
 目的地が解らぬまま落ち着かない様子で飛行していたウルキオラを無理矢理腕に収めると、豹の脚に力を込め一気に黒腔を抜けた。抱えきれない巨大な翼がばさばさとはためくのも気にせず、ひとっ飛びした先にまず目に飛び込んできたものは、一面の青紫。ウルキオラを抱き抱えたままふわりと着地した枝は太く、男二人分の体重などものともしない。枝に腰を落ち着け見渡すと、満開の花房のカーテンが幾重にも視界を覆っていた。
「これは……」
「藤の花って言うんだとよ。イールフォルトが教えてくれた」
 あの花は美しいが自分の方がずっと美しいだとか、飾るから一枝折って来いだとか、余計な話の方が多かったけどな、なんて話を続けていたが、それよりもウルキオラが揺れる花弁に目を奪われている事に気が付いた。
「……なあウルキオラ、知ってるか?」
 花を一房ちぎって、小柄な身体を抱き寄せる。
「……何だ?」
 ゆっくりと、耳を向ける程度に反応をくれたウルキオラの金の瞳には、まだ俺ではなく藤が舞っているよう。
「花の蜜が好きな蝙蝠が居るらしい」
「……だから何だ?」
「そう、だからよ、お前も好きかと思って、これ」
 しなやかに伸びた鋭利な角。その根元に、先程手に取った藤を一房括り付けてやった。
「……!」
「嫌か?」
「……嫌いじゃない」
 そう言って少し俯いたあいつの金色の瞳が僅かに揺れた。一瞬、ほんの一瞬だけ、微笑った様に見えた。黒く伸びた爪が、角の房から一輪摘み取る。それを口に含んだウルキオラはひと言「あまい」と呟いて、眼を細めた。しゅるん、黒い尻尾が俺のそれへと絡まってくる。
「なあ、因みに、藤の花言葉って知ってっか? これも聞いた話なんだがよ」
 そう問うて、緩く首を横に振ったあいつの耳に唇を寄せる。

("貴方の愛に酔う、至福の時"なんだと。お前もそうだろ?)

 少しからかう様な声色で囁くと、あいつは翼をきゅうとしぼめて、黙って俯いてしまった。先程角に括りつけてやった一房の藤が邪魔をして表情は見えなかった。けれど花弁の隙間から、朱を刷いた頬がほんの少しだけ覗いている。何となく嬉しくなった俺も、くるりと尻尾を絡め返した。驚いてこちらを振り向いたウルキオラの顎をすかさず捉えて重ね合わせた唇は、花の蜜のせいかほんのり甘い味がした。
藤色の君へ

イラスト「藤色の君へ」から妄想した短い話
花蜜食の蝙蝠をドキュメンタリーで観てこれはやるしかないと
花言葉を出すにあたって、女子力高い感じのイールフォルトに繋ぎになって頂く

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