ほぼ日刊グリウルSS*2021/06
*R18要素有りお題をお借りし(https://shindanmaker.com/320966より)1日1本ずつピクログに上げていた140字SSの6月まとめです
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【もうすぐ朝が来る】
現世での任務は夜の内に完了を見定めた。人気のない海岸沿いにて帰還を図るが、視界に差し込んだ光に黒腔を開く手を止める。虚圏に決して訪れることのない、燃えるような朝焼けだ。この景色を奴への土産に持ち帰ることにした。眼球を割ったら怒るだろうか。そんなことを考えながら、指先で空を突いた。
【こうするしか、なかった】
ディエスの十刃と逸れたのか、普段連れ添っている仔犬が迷い込んできた。抱き上げて探査神経を尖らせるが、先に読み取ったのはセスタの霊圧だ。「ヤミーの犬か?」「あいつを探しているらしい。こうした方が早いと思ってな」不意に仔犬が高く吠える。セスタの後方から、大きな足音と欠伸が聞こえた。
【なでなで】
仮面紋と同じ色が縁取る獣の耳を撫でる。滑らかな毛並みに沿って柔く爪を立てると、耳の先がぴんと引き攣った。「何だよ、擽ってえ」「天鵞絨のようだな」「そんな良いもんじゃねえだろ」視線を逸らされたものの、尻尾は満更でもない様子で揺れている。どうにも愛らしく感じられ、その耳を唇で食んだ。
【奇跡】
その赤みがかった満月は、夏至の頃に見られるらしい。虚圏の月も例外ではなく、女性破面達の間では恋が叶うという噂で持ちきりだ。「俺らには必要ねえな」奴がおどけながら笑い、その肩に寄り添って月を眺めた。既に奇跡はここに在る。それでも、未来を願う胸の奥に芽吹いた感情を密やかに月へ託した。
【愛しい横顔】
例えば傍らで目覚めた時。口をぽかんと開けて眠る様は、プリメーラの少女のように悪戯を仕掛けたくなる。例えば賑やかな時。五人の従属官達と笑い合い、楽しげに上がる仮面紋が愛おしい。そして戦闘時。獲物を捉える血に飢えた切長の眼に、霊子を震わす雄叫びと晒された牙は、俺の本能をも呼び覚ます。
【風邪を引いた。】
虚圏にもウイルスが存在する事に驚いた。オクターバに訊くと、空気中に在るように霊子中にも似たものが漂っているという。それから暫くの記憶が無い。目を覚ますと、ぼんやりと空色が映った。「馬鹿かてめえ、まだ寝てろ!」不覚にも熱を出して倒れたらしい。氷嚢を押し付けられて、素直に目を閉じた。
【余裕がなくてごめんね】
「悪りぃ、余裕が無え」奴の声が甘く響いて、指を失った下腹が切なく疼く。ぞくりと跳ねた脚を抱え上げられると、欲の塊が入口を焼いた。「ああ、俺も同じだ」変拍子を刻む鼓動を隠して、爪先でその背を引き寄せる。釣り上がった唇が艶っぽく息を吐くと、助走をつけるように始まりのキスを寄越した。
【甘えたしぐさ】
作り物の梅雨が、強制的に雨雲を運んできた。雨音が耳に心地良く窓際でぼんやり水滴を眺めていると、晴れ渡る空色が隣で退屈そうにこちらを見つめているのに気付く。晴天を身に纏う恋人の頭を膝に誘ってやれば、添えた指先に機嫌良く口付けを寄越した。青空を寝かし付けながら雨音を愉しむ贅沢に浸る。
【追憶】
その夢は、自らの存在意義を見つめ直させるように日常へ割り入ってくる。絶望と幸福を繰り返し追憶させる夢の淵で、あるとき地平線の際から僅かな青空を見た。歩を進めると身体が軽くなり、瞬間ぱちりと目が覚める。「眉間に皺寄ってたぞ」「良い夢を見た」首を傾げる救いの空色に、礼の口付けをした。
【さわらないで】
あるとき統括官が腕を振るい、虚夜宮の者を集めて懐石料理を振舞った。皆が専用の和室に招かれ、座して御膳を馳走になる。箸を進める最中、隣のセスタの動きが止まっているのに気が付いた。「さ、触んな…!」慣れない正座で足が痺れたらしい。興味本位に爪先をつつくと、間の抜けた悲鳴が上がった。
【望むだけ無駄なこと】
この虚圏で夜明けなど望むだけ無駄なこと、それどころか、考えたこともなかった。只一人、奴と会うまでは。その声は静寂を破った。その言葉は胸の奥を揺さぶった。その腕が障害物を破壊して、その足が距離を縮めた。奴は好いて近付いただけだと云う。愛をささめく青空に、望みを掛けずにはいられない。
【暴いてやりたい】
近頃奴が情報収集をしている。問うと空色の瞳を泳がせたものだから、真相を暴いてやろうと思った。対象は様々で、尾行だけでは皆目見当がつかない。ある日、紙の化粧箱を手渡された。中身は細工の美しいガラスペンと深緑のインクだ。驚かせたかったと逸らす視線を追いかけて、懺悔と礼をキスに込めた。
【もうすぐ朝が来る】
「ウルキオラくんとー、グリムジョーに似合うと思って!」それは屈託のない笑顔の女から手渡された。現世へ降りた際、互いの右手首に付け合う。ペアのミサンガが丁度昇り始めた朝日に照らされ、瞳の色に寄せて織り込まれた糸がきらきらと輝いて美しい。右手同士を合わせては、華やぐ感情を噛み締めた。
【声も出せない。】
それぞれの任務が重なり、近頃は擦れ違いの日々を送っていた。久しく触れられずにいた指先は、互いの存在を確かめるように絡み合う。愛しい声は魔法の呪文だ。夢見心地の空へ落ちるほどに、燻っていた微熱が急激に上がっていく。痺れた甘い傷痕を奴が抉れば、声も出せない目眩に脳が火花を散らした。
【僕を呼ぶ声】
「ウルキオラ!」弾む馴染みの声に振り返ると、その腕には橙色の果実が抱えられている。「枇杷か」「ディ・ロイが現世でくすねてきたんだがよ、食わねえか?」顔を近付けると熟した甘い香りが鼻を擽って、自然と唾液が滲む。「紅茶に合いそうだ」茶会を提案し、早速一つ齧りにかかった奴の袖を引いた。
ほぼ日刊グリウルSS*2021/06
2021/07/01