名のある感情
ハッピーエンドですが、ウルキオラがグリムジョーの首を絞めているので畳んでいます苦しみとは、痛みとは何か。
珍しく頼みごとをしてきたものだから、付き合ってやろうと思った。腹に跨がられても、大人しく奴の顔を見上げてみる。頬の筋肉は動いていないが、鉄仮面と例 えるには似つかわしくない若葉色の好奇心が揺れているよう。白い指はまず喉笛を捉え、青を絡めながら襟足をすり抜け、綿でも包み込むかのように首筋を捕らえる。ああそれでも、じわりじわりと増していく指先の殺意。いや、指先の好奇心だ。流石に第4十刃の力には耐えられず、ぐうと呻いてしまう。眼は閉じない。意地でも閉じられない。歯を食い縛っていたが、その一瞬、奴の霊圧が揺れた気がした。それでも黒い爪が食い込むほどに、意識を保つ糸は少しずつ、確実に切り離されていく。手足が痺れる。力が抜ける。通う血が冷めてゆくように。霞のかかり始めた頭。しかし酸素を求めて開きかけた口で奴の名を呼ぼうとした時だ。さあと晴れてゆく。肺が新しい酸素に満たされる。意識を手放しそうになった刹那、引き戻された。何が起こったのか。首筋にはもう白は無かった。代わりに赤い痕を隠すように散らばった黒髪が視界の端に映りこんだ。狂気を纏っていた筈の手は、今は慈しむように、縋るように、俺の衣服を掴んでいる。すまなかった、と、消え入りそうな声が、まだぼんやりしていた俺の鼓膜をふるわせた。潰されかけた喉はまだ音をひねり出す余裕もない。我ながら情けないほどに力の入らない腕だったが、衝動的に抱き締め返した。何度も、すまない、すまない、と、肩口で震えるこいつが落ち着くまでこうしていよう。
目から零れ落ちる液体なんか見えなくとも、こいつは今一番かなしい顔をして泣いている。こいつの涙というものは、既に頬に染み付いてしまっているのではないか。まるでこれから先も永遠に泣き続けなければならぬように。疑問だという痛みも苦しみも、いや感情や心さえも、こいつは誰よりもよく知っている筈だと、俺は思う。奴が本当に理解できないものなら、確実に殺されていた。俺に課したような物理的なもの以上に、もっと抽象的で説明し難いそれをこいつは既に知っている。
ああそうだ。顔を見せてくれたら、きっとキスをしよう。いつものあいつに戻るように、なんて柄にもないことを考えた。
名のある感情
首絞め萌えについて語っていた友人に触発されて書いたもの
苦しいだけの話にはしたくなかった