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インビトロ・ブルーローズ


 その花は色とりどりで、人間の世で云うところの今の時期から見頃を迎えるらしい。

 オクターバの科学者が、試験管で栽培を始めた。その小さな無菌室は日に日に増えていき、今では専用の部屋一面を覆っている。生育の段階を追って精密に整頓されたさまは、まるで花の一生をスローモーションで眺めているようだ。
「君が見入るなんて、思い掛けなかったよ」
「この数の薔薇を育ててどうする?」
「意味は無いさ。まあロマンとでも言っておこうか」
 道楽にしては力の入り方が違う。それも科学者たる所以か。視線を薔薇に移した俺を横目で見ながら、どうせなら全ての色を集めたいじゃないか、と眼鏡の縁に指を添えて微笑った。

 蕾をつけた株の列を通り抜けた先ではほんのり花弁が色付いて、更に綻んだところまで辿り着く。花弁の色相環をなぞるように見回すと、淡い青色が目に留まった。訊けば青というものは本来薔薇には存在しない色であり、別種の青い花の遺伝子を組み込んでつくる手の込んだものらしい。この研究室ではより青く、様々な色味を出すことに成功した。気に入ったのならひとつ持ち帰っても構わないと云うので、先程目についた青薔薇を貰うことにした。

 柔らかく綻ぶ花を眺めながら、俺はどうしてこの色に惹かれたのだろうと考えていた。空の色、水の色、月の色。どれも存在するが、どれも違う。もっと身近で、脳裏に焼き付く青とは。
「よおウルキオラ、花なんか持ってどういう風の吹き回しだ?」
  回廊を歩く途中で、答えは突然にやってきた。
「……グリムジョー、丁度お前のことを考えていた」
 そうだ、この薔薇の色は奴にとてもよく似ている。当の本人は言葉の指す意味が分からないと云うように首を傾げて、淡い青の髪を揺らした。

 試験管を顔前へ持ち上げると、ぱちくりと瞬きをした瞳が花の青と美しく重なる。見れば見るほど奴の持つ色だ。こんなにも想っていたのかと少々気恥ずかしくあるが、目を背けることはしない。
「お前そっくりな色だったからな。貰ってきたんだ」
 経緯を話しながら、ふたり薔薇を眺めた。そのような理由でこの俺が花を貰うなどさぞ滑稽だろう。そう自嘲すると、それは確かに奇跡みたいなもんだろうが、と奴が言い掛けるが、ふと考える素振りで眉間に皺を寄せた。
「奇跡でもなきゃ、俺達は潰し合ってただろうよ」
 暫しの沈黙の後に花弁の仮面紋を上げて、奴がからからと笑う。抉られた筈の胸の奥が、花舞う季節のようにあたたかく感じられた。

 斯くして研究室を出る前に掛けられた言葉を漸く思い出す。
(その花言葉は"奇跡"だよ)

 無機質だった自宮に一輪の青薔薇が咲いた。願わくばこのまま在り続けられるようにと、花株を霊子の膜で覆い試験管に蓋をする。それは月の光を受け、まるで祝福されたように輝いて見えた。
インビトロ・ブルーローズ

2021/04/27
2021年ピクブラローズフェスに参加
花言葉は"奇跡"と"神の祝福"、1輪で"私にはあなたしかいない"
ザエルアポロにきっかけを作って頂く

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